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「状況」に選ばれた展示

バスフォード・リー 著

2025年11月17日

街が自粛期間に入ったばかりの数ヶ月間、東京の公園や遊び場は封鎖されていました。ブランコは黄色いテープで縛られ、滑り台はまるで未完成の彫刻のようにラッピングされていたのを覚えています。

 

アパートやマンションの谷間にひっそりと佇むその場所は、本来であれば活気に満ちているはずでした。子供たちの声、自転車の音、絶え間ない会話のリズム。それらが凪ぎ、その静寂の中で何かが変わり始めていました。街は、強制力によるものではなく、東京特有の「集団的な規律」によって自らを静めていたのです。地区によっては、この「遊びの遮断」への反応も様々でした。そのまま手つかずの場所もあれば、テープが引きちぎられ、翌朝には作業員によって再び貼り直されている場所もありました。

「機能を剥ぎ取られたこれらの遊び場は、いわば「休止の彫刻」でした。動き、遊び、コミュニケーションという目的が取り去られ、純粋な構造物だけが残る。」

当初、私の関心は「いつもの喧騒が消えた街はどう見えるのか」という点にありました。しかし、その視線はすぐに遊び場へと吸い寄せられました。そこには、奇妙なほどの美しさがあったからです。警告テープが交差する滑り台は、全く新しいオブジェへと姿を変えていました。動きを封じられたブランコは、色と形が配置されたミニマリズムのインスタレーションのようでした。無機質なテープや看板は、図らずも、招かれざるアートが街に現れた「計画なき展示」の筆致となっていたのです。

機能を剥ぎ取られたこれらの遊び場は、いわば「休止の彫刻」でした。動き、遊び、コミュニケーションという目的が取り去られ、純粋な構造物だけが残る。静寂に包まれたその姿は、クリストとジャンヌ=クロードによる梱包されたモニュメントを彷彿とさせました。あるいは、中野正貴の写真集『TOKYO NOBODY』の世界観にも通じるものがありました。彼が忍耐強く捉えた『TOKYO NOBODY』と同じように、私の目の前の街もまた、意図的なデザインではなく、予期せぬ介入によって空っぽになっていたのです。しかし、その効果は不気味なほど似ていました。人が消えたことで、東京はいつもとは違う呼吸をしているように見えました。

「どの都市に住んでいても、見慣れた日常が変容する瞬間というものがあります。たとえば、何千回も通り過ぎた壁に落ちる光の加減に気づくとき。」

どの都市に住んでいても、見慣れた日常が変容する瞬間というものがあります。何千回も通り過ぎた壁に落ちる光の加減に気づくとき。足音の不在に気づくとき。そんな瞬間、カメラは単なる記録装置ではなく、翻訳機となります。警告テープを「線」に、空虚さを「フォルム」へと変換するのです。あの数週間に撮影されたイメージは、パンデミックの記録です。しかし別の視点で見れば、それは「制限がいかに視界を再定義するか」についての記録でもあります。テープはただ立ち入りを制限するだけでなく、そこにある風景を定義し直し、「既にあるものをもう一度よく見る」よう、私たちに問いかけていたのです。その意味で、街は「状況」によってキュレーションされた、一種の野外ギャラリーとなっていました。

今、公園には再び人が溢れています。テープは取り払われ、ブランコは揺れ、子供たちの遊び声が響き、空気は以前と同じリズムを運んでいます。

しかし、当時の写真を見返しても、私に見えるのは「制限」ではありません。そこにあるのは「構図」であり、カメラがいかにして偶然を芸術へと昇華させたかという記憶です。それらは意図されたアートの記念碑ではありませんでしたが、同様の熱量を帯びていました。文脈が書き換えられたことで、ありふれた遊具が「一時停止された時間」の象徴となったのです。東京の遊び場は、彫刻になることなど望んでいませんでした。それでも、あの短い期間、それらは確かに彫刻でした。黄色いラインによって街中に描かれた、静謐な作品たち。それは、人生がふと立ち止まり、私たちがそれに気づくほどの余白が生まれたとき、そこにアートが立ち現れるのだということを、静かに思い出させてくれるのです。

1

Christo & Jeanne-Claude. (n.d.). Packages and wrapped objects.

2

Masataka Nakano, Tokyo Nobody (Little More, 2000).

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「状況」に選ばれた展示

バスフォード・リー 

2025年11月17日

街が自粛期間に入ったばかりの数ヶ月間、東京の公園や遊び場は封鎖されていました。ブランコは黄色いテープで縛られ、滑り台はまるで未完成の彫刻のようにラッピングされていたのを覚えています。

 

アパートやマンションの谷間にひっそりと佇むその場所は、本来であれば活気に満ちているはずでした。子供たちの声、自転車の音、絶え間ない会話のリズム。それらが凪ぎ、その静寂の中で何かが変わり始めていました。街は、強制力によるものではなく、東京特有の「集団的な規律」によって自らを静めていたのです。地区によっては、この「遊びの遮断」への反応も様々でした。そのまま手つかずの場所もあれば、テープが引きちぎられ、翌朝には作業員によって再び貼り直されている場所もありました。

「機能を剥ぎ取られたこれらの遊び場は、いわば「休止の彫刻」でした。動き、遊び、コミュニケーションという目的が取り去られ、純粋な構造物だけが残る。」

当初、私の関心は「いつもの喧騒が消えた街はどう見えるのか」という点にありました。しかし、その視線はすぐに遊び場へと吸い寄せられました。そこには、奇妙なほどの美しさがあったからです。警告テープが交差する滑り台は、全く新しいオブジェへと姿を変えていました。動きを封じられたブランコは、色と形が配置されたミニマリズムのインスタレーションのようでした。無機質なテープや看板は、図らずも、招かれざるアートが街に現れた「計画なき展示」の筆致となっていたのです。

機能を剥ぎ取られたこれらの遊び場は、いわば「休止の彫刻」でした。動き、遊び、コミュニケーションという目的が取り去られ、純粋な構造物だけが残る。静寂に包まれたその姿は、クリストとジャンヌ=クロードによる梱包されたモニュメントを彷彿とさせました。あるいは、中野正貴の写真集『TOKYO NOBODY』の世界観にも通じるものがありました。彼が忍耐強く捉えた『TOKYO NOBODY』と同じように、私の目の前の街もまた、意図的なデザインではなく、予期せぬ介入によって空っぽになっていたのです。しかし、その効果は不気味なほど似ていました。人が消えたことで、東京はいつもとは違う呼吸をしているように見えました。

「どの都市に住んでいても、見慣れた日常が変容する瞬間というものがあります。たとえば、何千回も通り過ぎた壁に落ちる光の加減に気づくとき。」

どの都市に住んでいても、見慣れた日常が変容する瞬間というものがあります。何千回も通り過ぎた壁に落ちる光の加減に気づくとき。足音の不在に気づくとき。そんな瞬間、カメラは単なる記録装置ではなく、翻訳機となります。警告テープを「線」に、空虚さを「フォルム」へと変換するのです。あの数週間に撮影されたイメージは、パンデミックの記録です。しかし別の視点で見れば、それは「制限がいかに視界を再定義するか」についての記録でもあります。テープはただ立ち入りを制限するだけでなく、そこにある風景を定義し直し、「既にあるものをもう一度よく見る」よう、私たちに問いかけていたのです。その意味で、街は「状況」によってキュレーションされた、一種の野外ギャラリーとなっていました。

今、公園には再び人が溢れています。テープは取り払われ、ブランコは揺れ、子供たちの遊び声が響き、空気は以前と同じリズムを運んでいます。

しかし、当時の写真を見返しても、私に見えるのは「制限」ではありません。そこにあるのは「構図」であり、カメラがいかにして偶然を芸術へと昇華させたかという記憶です。それらは意図されたアートの記念碑ではありませんでしたが、同様の熱量を帯びていました。文脈が書き換えられたことで、ありふれた遊具が「一時停止された時間」の象徴となったのです。東京の遊び場は、彫刻になることなど望んでいませんでした。それでも、あの短い期間、それらは確かに彫刻でした。黄色いラインによって街中に描かれた、静謐な作品たち。それは、人生がふと立ち止まり、私たちがそれに気づくほどの余白が生まれたとき、そこにアートが立ち現れるのだということを、静かに思い出させてくれるのです。

1

Christo & Jeanne-Claude. (n.d.). Packages and wrapped objects. from https://christojeanneclaude.net/artworks/packages-and-wrapped-objects/

2

Masataka Nakano, Tokyo Nobody (Little More, 2000).

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